大判例

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東京高等裁判所 昭和42年(ネ)2433号 判決 1969年3月03日

控訴人(申立人)

金田英作

代理人

舎川昭三

ほか一〇四名

被控訴人(被申請人)

日本ナショナル金銭登録機株式会社

代理人

矢野範二

ほか二名

主文

原判決を取消す。

控訴人が被控訴人の従業員である地位を有することを仮りに定める。

被控訴人は控訴人に対し、金一七九万八、〇〇〇円および昭和四四年三月以降本件仮処分の本案判決確定に至るまで毎月二〇日限り金二九、〇〇〇円ずつを仮りに支払え。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実<省略>

理由

一原判決事実摘示第一項(被控訴人会社の組織内容、控訴人の被控訴人会社における経歴地位)、第二項(本件解雇の意思表示)、第三項の1のうち控訴人がその主張の労働組合(以下被控訴人会社労働組合ともいう)に所属し、中央執行委員(昭和三六年二月から同三七年三月までを除く)、被控訴人会社蒲田工場の右組合蒲田支部委員長であること、控訴人が昭和三八年一一月一〇日付の控訴人主張のような内容の「アカハタ」紙号外を同月一一日昼休み時間中、蒲田工場食堂内で従業員らに配付したこと、右号外の内容、当時昭和三八年度年末一時金要求で労使闘争中であつたこと、第三項の2のうち控訴人は同項所掲のような理由があるとして懲戒解雇されたものであること、以上の事実は当事者間に争いがない。

二、控訴人はまず、控訴人が労働組合の正当な活動をしたことの故に解雇されたものであるから不当労働行為として右解雇は無効であると主張する。組合活動との関係は後に若干触れるところがあるが、本件解雇は懲戒解雇であつて、被控訴人会社の就業規則(乙第六号証)第一一三条に懲戒解雇の事由が定められているので、本件解雇が右懲戒事由に該当するかどうかがまず問題となるのであるから、この点を検討する。

三、本件懲戒解雇は、就業規則第一一三条第二号「就業規則または会社の諸規定或いは業務上の指示命令に従わず、会社の秩序を乱し、その情の重いとき」、第一〇号「前条(解雇以外の懲戒事由)の懲戒を受けたにも拘らず改悛または向上の見込がないとき」の各懲戒解雇事由の規定を適用されたものであり、右第二号の就業規則違反として、第一二条第一項「社員は事業場内において政治活動をしてはならない。」に控訴人が違反したものとされたものである。

四、控訴人は、右の政治活動禁示条項は憲法第二八条、第一四条、第一九条、第二一条で保障される基本的人権を合理的理由なく制限するもので公序良俗に反し無効であると主張する。

政治活動とは、一般に政治上の目的でなされる一切の言動、すなわち政治家等のなす政治的実践活動はもとより、政治上の主義、思想を対外的に表明主張する等の行為で政治的目的を有するものをいうと解される(その意味で、日常対話の中で政治問題が話題にのぼるごときはこれに含まれない。)そして憲法第一四条第一項、第一九条で政治的思想の自由が保障され(労働基準法第三条でそれが労働関係につき具体化される。)、同第二一条でこれを表現、実践する自由が保障され、公共の福祉にもとづき合理的理由がある場合(一般的な場合として、例えば公職選挙につき、あるいは政治的中立を性質想要請される職業につき、ある範囲で政治活動を制限するごとき)のほかは、政治活動制限を、禁止することは許されない。

五、これを本件のように事業場内における従業者の政治活動についてみると、事業場内という限定がある点で政治活動一般とは趣を異にするけれども、官公庁等と異り性質上政治的中立を要請されることのない一般の企業体においては、企業経営が支障なく行なわれるかぎり、前項の基準に準拠する制限は考えられない。しかしこれを全く無制限に放任するときは、時に経営秩序が乱され、企業活動に支障が生ずることがありうるから、かようなびん乱や支障、換言すれば就業の規律、能率を妨げるものにかぎつては、事業場内の政治活動を禁止する合理的理由があるといえる。そして政治活動は往々にして対立的契機を包蔵し、激情的色彩を帯び勝ちなものであるといいうるけれども、単に抽象的にそのようなおそれがあるとの一事をもつて事業場内における政治活動を禁止することはできず、それが禁止さうるのは、現実かつ具体的に前記経営秩序びん乱等の結果を招来する行為に限定されなければならない。例えば労働時間中の政治活動(この場合は労働契約の不履行が生ずるから当然である。)、喧噪であつたり心身に拘束を及ぼしたりして他の労働者の就業に悪影響を与えるもの、顧客が出入する店頭におけるもの、その他具体的状況下で前記のような結果を招来するもの等である。

この点について、被控訴人は事業場内の政治活動を放置すれば政治闘争に発展すると主張するが、政治闘争の動因となる思想、主張の対立またはその激化は、ひとり事業場内の政治活動によつてのみ生ずるのではなく、殊に事業場外の政治活動が自由であることもちろんであるから、事業場内のそれを禁止してみても、政治闘争の動因があるかぎりその発生を防止しえないことは明白であるし、事業場内に右闘争が発生した場合、その原因が事業場内の政治活動にあるか、事業場のそれにあるかの判別は至難の場合が多いであろう。そうすると、前記のような政治闘争予防という理由をもつて事業場内の政治活動をすべて禁止することは、事業場の内外を問わず本来自由であるべき政治活動を一般的に牽制し制限する結果となるおそれがあり、事業場内の政治活動禁止の合理的理由とすることはできない。

右の点は労働者個人の行為であると労働組合のそれであるとによつて本質的差異はない(元来労働組合が政治活動を主として行うことができないことは労働組合法第二条から明白であり、使用者に対しては、政治問題それ自体が団体交渉で解決されることはありえないから、団体交渉過程における組合の政治的意見の表明にとどまるべく、対外的あるいは組合員に対しては、労働組合の団結と労働者の地位向上を促進するに必要な範囲にかぎり副次的に政治活動をなしうるにすぎないが、右範囲内では事業場内でも正当な組合活動となり、この場合その許される範囲は個人の場合と広狭の差異があるにとどまる。)。

六、以上のとおりであるから、本件政治活動禁止条項を前記五記載のもののみを対象とすると解釈するか、また右条項中右範囲を超える部分を公序良俗に反し無効と解するかのいずれによるを問わず、右範囲外の従業員の政治活動は被控訴人会社の事業場内においても禁止されないものといわねばならない。

七、なお被控訴人は、使用者がその事業場管理権にもとづき政治活動を禁止することは自由であると主張する。ところで使用者が企業活動の必要上一定の秩序維持機能を含む右管理権を有することは当然であるが、そのことのゆえに労働者を支配する権限を有すべき根拠は法令上も労働契約上も存在しないし、管理権にもとづく政治活動禁止の範囲は前記認定の範囲に限られるべきものであるから、右主張は理由がない。

八、そこで控訴人の本件「アカハタ」紙号外配付行為をみるに、同紙(甲第一号証)は共産党の機関紙であり、その内容は東海道線の鶴見列車事故と三池炭坑爆発事故の報道を主としているけれども、共産党の政治的立場から右事実を批判し、他の記事を含めて掲載内容に種々政治的なものがあることは明白であり、政治的文書であることは疑いがない。そして<証拠>を総合すれば、控訴人は本件号外(タブロイド版)を三〇枚から五〇枚位、昼休みに蒲田工場の食堂内で食事中の組合員または非組合員たる従業員多数に対し平穏に無料で配付したこと、右号外は被控訴人会社労働組合の上部団体たる全金の組織から流されて来たものであること(但しその流通系統の詳細、選挙関係者との関係の有無等は本件判断の上に影響がない。)が疎明される。右のような政治的文書を多数者に配付する行為は政治的目的を有すると推定せざるをえないから、一種の政治活動(組合活動としてのそれかどうかはさておいて)と認められるけれども、前記のように右文書は休憩時間中平穏に配付され任意に受取られたもので、その受領、閲読、保存または廃棄についても何ら強制的なものがなく、各人の自由に委ねられており、各人にとつて時間をとられたり心身の拘束を受けたりしないのであるから、政治活動としては最も平穏、軽微なものにとどまる。

したがつて本件文書配付行為自体によつて被控訴人会社の経営秩序が乱されたり、生産能率に悪影響を与えたりするものでないことは明白であり、またその内容が共産党の主義主張にもとづくものであつて、受取つた各人の心理や政治上の思想に何らか影響を与えたとしても(わずか一枚の号外では大した影響も考えられないが)、それ自他の休息、疲労回復を妨げ、その他被控訴人会社の生産に直接影響するものでないことはいうまでもない。ほかに本件において右文書配付行為が何らか経営秩序を乱し、生産に影響を与えたことの疎明はない。そうすれば、控訴人が右行為をしたことは前記禁止される政治活動をしたことにならないというべきである。

九、したがつて控訴人は就業規則違反に該当する行為をしたことにならず、同規則第一一三条第二号に該当しない。

一〇、また控訴人には昭和三五年(ビラ貼付に会社の糊を不正使用)、昭和三七年(スイッチ無断操作)と二回にわたり規則違反の行為があつて、それぞれ懲戒処分を受け、始末書を提出したことは当事者間に争いなく、本件解雇は、右のような行為に続く翌年、本件文書配付事件が起こつたため、控訴人は重大な秩序違反者と認められて、なされたものであることがうかがわれるけれども、本件行為が規則違反にあたらない以上、懲戒解雇事由たりえない。就業規則第一一三条第一〇号は、単に前の軽い被懲戒者が改悛向上しないという内心の意思や精神を問題にするのでなく、前回と同様または類似の規則違反を重ねたとき、特に情状の重いものとして懲戒解雇するという意味に解釈する以外には、合理的な懲戒解雇事由としての趣旨を読みとれない。

一一、それゆえ、本件懲戒解雇はその該当事由がなく、無効なものといわざるをえない。

一二、控訴人は賃金をもつて生活の資とする労働者であるから、本件解雇により賃金の支払と就労を拒否されたため、当然生活が窮迫していると推定され、これをくつがえすような資産収入があるとの疎明はなく<証拠>によれば、行商をしたり組合から援助を受けて生活していることが疎明されるが、右行商による別途収入内容も具体的に明らかでなく、やむをえない生活維持の手段としての不安定なものを出ないと考えられ、生活の窮迫の推定を破るほどのものではなく、元来本件解雇を争う以上他に就職して収入を得ることは無理である。組合の援助も利得とは認められない。)、五年にわたり右状態が続いているのであるから、現在までの未払賃金の仮払と、一応被控訴人会社の従業員としての地位を定めかつ将来の賃金の仮払を受けるべき緊急の必要性があると認められるところ、控訴人の解雇当時の賃金が月二九、〇〇〇円で毎月二〇日払であることは当事者間に争いないから、被控訴人をして控訴人に対し未払賃金として昭和三九年一月分から同四四年二月分まで合計一七九万八、〇〇〇円、および昭和四四年三月分以降本案判決確定に至るまで、毎月二〇日限り二九、〇〇〇円ずつを仮りに支払わしめ、かつ控訴人の被控訴人会社の従業員としての地位を仮りに定める仮処分命令をなすを相当とする。

一三、よつて本件申請を棄却した原判決を取消して前記仮処分命令をなし、訴訟費用につき民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。(近藤完爾 田嶋重徳 小堀勇)

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